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2013年7月19日 (金)

キルギスにおける日本人鉱山技師人質事件

大使として赴任して二週間も経たない頃、ウズベキスタンの隣国キルギスで日本人の鉱山技師4名の人質事件が発生した。犯人は当時まだよく知られてなかったタリバン一味。現地は4千メートル級の山々が連なり、国境があってなきが如き山岳地帯。犯人達はすぐ人質を連れて隣のタジキスタンに移ったが、タジキスタンは中山大使の兼務国だった。

そんな事件が起こっていることも知らない私に深夜2時、恭子から電話が掛かった。「外務省は事件の起ったキルギス政府に任せたからウズベキスタン大使館は動くなというが、犯人達は日本政府が交渉の正面に出てこなければ、明日から一人ずつ撃ち殺すといっている、どうしたらいいだろうか」。日頃は沈着冷静な恭子の声が心なしか上ずって聞こえ、事態の緊迫感が伝わってきた。とっさの事だったが、「在外邦人の生命を守るのは第一に現地の大使の責任だろう、外務本省が何と言おうと、1%の可能性でもある限り最大限の努力をすべきだろう」と答えたが、心底心配だった。

それから約2ヶ月、少数の大使館員は昼夜を分かたず情報収集やお願いに走った。必死に救出に当たる中山大使の話を聞いて、カリモフ、ウズベキスタン大統領がタジキスタン政府に強く要求してくれ、無事救出する事ができた。たくさんの国と国境を接する中央アジアでは、国家として国民を守るのは当たり前のことなのだ。のちに、北朝鮮の拉致被害者は国家として北に帰さないと主張した恭子の原点がここにある。今に至るまで、カリモフ大統領と中山恭子の信頼関係は続き、国連常任理事国入りやオリンピック招致にもいち早く賛同してくれている。

最終場面では恭子大使自らタリバンの集結地に直談判に赴いた。髭面のタリバンが大勢屯しているのを見て、一緒に行った男達は足がすくんで前に進まなかったという。女性は強い、一人でタリバンの司令官と対峙した中山大使だったが、話のきっかけは恭子が国際交流基金の時作製して世界中に配ったあのNHKの朝のドラマ「おしん」のCDだったというから面白い。司令官がアフガニスタンで戦っていた頃に見たという。時差4時間、1日の仕事を終えて家に帰り、10時頃電話してくる。こっちは深夜2時、寝不足になったのも今は懐かしい。

無事解放された人質は長期の拘束で疲労困憊していたにも拘わらず、歩いたり、ヘリコプター、飛行機を乗り継いでキルギスまで連れて行かれ、キルギスで解放されたことにするなど、外務省は最後まで体裁を繕った。NHKのかつての人気番組プロジェクトXに出したいような救出劇だった。

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