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2013年7月20日 (土)

日本国として拉致被害者を北朝鮮に返してはならない

拉致担当の官房参与となった中山恭子はたちまち被害者家族の信頼を得た。その代わり、外務省と激しく対立することになった。拉致はテロなのよと言ったら大臣がびっくりしていたと笑っていた。国家という言葉を使ったら周りから変な顔をされたとも。10年前はまだそんな日本だった。大使としてキルギスの人質事件に直面し、たくさんの隣国と国境を接する中央アジアの国々が国家として自国民を守ることに腐心している様をまざまざと見てきた恭子であった。国民を国が守るのは当然の事、それでこそ世界から信頼される国になる、強い信念ができていた。拉致被害者は国として北朝鮮に返してはならないと主張した。本人達から日本に残りたいと言えば北に残った子供達に危害が迫るのだ。平城空港に迎えに行き、機内でこれは拉致被害者を救出する運動のシンボルですとあの青いリボンを差し出すと、全員黙って胸元に付けたという。それんを見て、恭子はみんなの帰国の意志をしっかり受け止めていた。外務省は本当に困ったと思う。返す事を前提に、持って帰るお土産を買う時間までセットされていたのだ。日朝国交回復という大義の前には少数の拉致被害者の犠牲はやむを得ないというのが外務省の本音だった。毎日粘る恭子参与に手を焼いた政府であったが、長年拉致問題に親身に取り組んできた安倍官房副長官が最後に残そうと決断してくれたという。一人の女性の静かなしかし熱い戦いが官邸で続いた。

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コメント

維新の議員の方々を全く知らない私が言うのも大変失礼ですが、中山議員、なたは自民党に戻られる気は無いんですか?

日本を特ァから取り戻す為に自民党は歓迎してくれると思いますが。

それが駄目なら維新の会の党首として保守政党として導いて欲しいです。

今のままでは権力欲しさの党首を持つ単なる一つの野党に過ぎませんからね。

投稿: 村木良行 | 2013年8月10日 (土) 13時09分

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