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2012年3月

2012年3月27日 (火)

一日も早く北国に春を

 こぶしの花が散り、宮崎の水田ではあわただしく早場米の田植えが進められています。蛙の鳴き声もそろそろ聞こえてくるでしょう。今年は不順な天候が続きましたが、季節は着実に巡っています。

 昨年は東北大震災の影響もあって、宮崎米は一俵8千円の高値が付きました。今年の収穫はどうか。天気が続けばいいが、刈り入れ前に台風が来なければいいがなどと、つい、先のことまで心配になります。

 私の生家は田畑合わせて1町4反ほどの農家でした。父親がせめて田んぼが1町歩あれば楽なんだがと言うのを子供心にそうなのかと聞いた覚えがあります。当時は米価が高く、農作業の加勢に来る人の1日の労賃が米二升の時代でした。宮崎では温暖な気候を利用して二期作も行われていました。まさに隔世の感があります。

 一面に張られた水面を見ると、瑞々しい日本を守っているのは全国に広がっている水田だなと改めて思います。桜も咲き始めています。緑の稲穂がそよ風に揺れるのももうすぐです。

 毎年、今の季節になると思い出す漢詩があります。「年々歳々花相似たり、歳々年々人同じからず」。日本人は春になると田植えをし、秋になれば刈り取るという営みを大昔から毎年繰り返して生きてきました。平凡な繰り返しの中でも平穏な年だけではありません。震災もあれば台風も来る。伝染病や火事だっていつ発生するか分かりません。特に日本列島は地球全体から見れば紙のこよりみたいなものです。ちょっと動かせば大地震です。その中で先祖たちは我々にまで命を繋いでくれました。

 私たちは常ならぬ無常の世を生きています。特にこの日本列島に住む以上、日頃から「覚悟」していなければなりません。今日1日を無事に過ごせたことに感謝しながら、世の中には病気や災難に苦しんでいる沢山の人達がいることも忘れないようにしなければならないと思っています。

 それにしても世の中には信じられないことが起こっています。となりの中国では、内陸部から出て来て寮に入っていた女高生が帰校途上に襲われ瀕死の重傷で倒れているのを、知らせを受けた警察官が葬儀所に運ぶ途中面倒くさくなって(?)投げ捨て、お蔭で一命をとり止めたとか。

 しかし、酷いのは中国だけではありません。日本でも、ストーカー行為を警察に届けたのに、警察は社内旅行を優先し(?)、一週間後にしてくれと取り合わず、その間に殺されてしまったというニュースが流れています。公務員という、人のため、公のために働く職業を選び、お給料を貰っているのに、それを忘れて自分たちの楽しみを優先させるという職業意識の欠除です。無力な庶民は何を頼りにすればよいのか。

 東北大震災の瓦礫処理を引き受けることを躊躇する自治体がほとんどです。絆という言葉が持て囃されていますが、それが失なわれているからこそ強調されるのかなと思ってしまいます。口蹄疫や新燃岳の噴火で全国からご支援を頂いた我が宮崎県こそ一番に引き受けを表明すべきなのではないかと恥ずかしく思います。何が起こるか分からないこの日本列島に住む以上、お互いを思い遣り助け合って生きるという心をもっと育てなければならないのではないでしょうか。宮崎を出たこぶしの花が東北に届き、北国に春が来る日が一日も早いことを祈ります。

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2012年3月12日 (月)

河村発言に思う

 「いわゆる南京虐殺はなかった」という名古屋の河村市長の発言が波紋を広げています。先週発売の週刊新潮にも3ページにわたって記事になっています。その中で私のコメントも引用されています。

 私が会長を務めていた「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」で、南京事件の実態を当時の内外の新聞記事や国際連盟の議事録等の一次資料を基にして調査しました。その結果を「南京の実相」として出版しています。(ぜひご一読いただければと思います。)

 出版にあたり、憲政記念館において内外のマスコミ約30社の前で記者会見を行いました。私は冒頭、「南京事件は通常の戦闘であり、それ以上でもそれ以下でもなかった」と総括しました。記者からは、ほとんど質問は出ませんでした。記事にしたのは産経新聞だけだったと記憶しています。社の見解と異なることについては無視するのがマスコミの常套手段です。

 調査の中で私が一番印象的だったのが陥落後の南京を伝える朝日新聞の報道でした。その写真等を見ると、何と日本兵と南京の市民達が談笑しているのです。特に子供達の笑顔が印象的です。婦女子を含め30万人もの市民を虐殺した直後とは到底思えません。それまで軍閥や蒋介石軍の略奪や殺戮に怯えていた南京市民は、日本軍が進駐して来てむしろほっとしたのでしょう。河村市長のお父さんが事件から8年後の南京で市民に温かく接してもらったというのも当然です。

 もちろん戦争ですから、平時とは違います。敵味方ともたくさんの死傷者が出たことでしょう。しかし、日本軍が30万人もの市民を虐殺したというのは事実無根です。それ以前にあった中国人同士の残虐な殺し合いを、日本人の仕業と世界中にふれ廻るのはいかに白髪三千丈の中国でも許されることではありません。断固抗議すべきなのです。

 私は旧日本軍は世界史上まれに見る軍律厳しい軍隊だったと思います。これには武士道に象徴される日本人の精神もありますが、明治維新後、帝国主義の真っ最中に遅れて列強の仲間入りした日本の事情もありました。日本は近代国家として世界に認めてもらうために涙ぐましい努力をしました。国際法規を守ることにも必死でした。台湾や朝鮮の統治においても、欧米の植民地支配とは真逆に大変な努力をしました。

 中国や韓国の一方的な日本批判に対しては徹底的に反論しなければなりません。黙っていると認めたことになるのが世界の常識です。以心伝心は日本人だけの専売特許だと考えてよい。

 中・韓がよく使う「未来思考の外交」という決まり文句にも気を付けた方が良い。「過去は日本が悪かった」ということにして、未来のことを考えようと言っているのです。河村市長が提案する「話し合う」ことになると真実が出てくるのが恐いのです。

 今の日本人はあまりに自国の歴史に無知、無関心です。私は1853年のペリーの来航をもって日本の近現代が始まったと考えますが、学校ではその後の歴史をほとんど教えていません。そもそも歴史教科書が偏向していますし、日教組の教師は自虐史観を教え込んでいます。腰の引けた民主党政権を見るとまるで自虐教育の優等生の集まりです。

 日本は長く平和ボケの中で戦争から目をそらしてきました。しかし、危機は現実のものとなりつつあります。中国や韓国では国内の不満を鎮める為に、外に敵を求めるいわゆる「内憂外患」のひどい反日教育を行っています。その愛国反日教育を受けた中国の若者達がどんどん日本に入り込んでいます。彼らが表面はともかく心の中では何を考えているのか分りません。

 都内で電車や地下鉄に乗ると、甲高い中国語が飛び交っています。コンビニ等で働く中国人が東北大震災で一斉に帰国して店側が大慌てしたこともありました。銀座のど真ん中の寿司屋に行ったら、働いている女性が皆中国人でびっくりしました。乳母車を引いて中国人のお母さん達が公園で井戸端会議を開いています。麻布にある元国家公務員共済組合の土地が60億円で中国に売られ、麻布一帯に「この辺りは中国人の物になったから、早く出て行って下さい」というチラシが配られたそうです。耳をそいだり、鼻を削ったりの中国人による犯罪も起こっています。先祖が日本人にひどい目にあったのだから日本人には何をしてもいいという気持でいるのでしょうか。 

 いわゆる従軍慰安婦の問題もしかりです。支持率の急低下している李明博大統領は、従軍慰安婦の補償問題が日韓外交最優先事項だと言い出しました。中国側は河村市長が発言を取り消さないと日本への観光客を送らないと圧力をかけています。日本は脅すとすぐ降りるとお見通しの中国の常套手段です。

 市長はそんな脅かしに乗らないでしょう。大臣と違って直接選挙で選ばれた市長は圧力がかかりにくい。河村市長はここが勝負どころ、今の姿勢を貫いて欲しいし、日本人は彼を全面的に応援すべきです。これは日本の将来の為でもありますし、又、先の戦争で祖国のために戦い亡くなった多くの英霊の鎮魂の為でもあります。

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2012年3月 6日 (火)

年金を食いものにした旧社保庁(現日本年金機構)、歳入庁構想には絶対反対

 投資顧問会社AIJが2,000億円の年金資産を消失させたと報道されています。全国の基金の常務理事などに旧社保庁から600人ものOBが天下りしているという。全くひどい話です。かって年金等は大蔵省の財政投融資制度の下で一括して集められて、政府関係金融機関等に投融資されていましたが、自分達が集めているのだから自主運用させろという旧厚生省等からの要求があり、財政投融資制度の改革が行われた経緯があります。  

 しかし、その後の経緯を見ると、年金資金を使って全国で立派すぎる厚生年金会館等が作られ、大赤字を出して大半は安く売却されました。そして、今度は資金運用には素人の天下り官僚が自分達の給料はしっかり取って運用し、損失を出していることが分ったわけです。老後のために積み立てた貴重な年金が実は無くなっているという考えられない事態です。調査すればもっとたくさんの事例が出てくるのではないかと心配しています。

 消えた年金で明るみに出たデタラメな旧社保庁の組合でしたが、幹部も集めた他人様のお金を自分のお金のように考えていたのでしょう。そして、今、民主党政権下でこの旧社保庁を財務省の国税庁と合体させて、歳入庁を作ろうという構想が進められています。税金も年金も国民から徴収するのだから行革の観点からも統合していいのではないかという考えでしょうが、とんでもない話です。 

 今、国税庁とその地方機関の国税局、税務署はしっかりした組織でまじめに仕事をしています。しかし、ろくろく仕事もしないで組合活動ばかりしてきた旧社保庁と一緒になったらどういうことになるのか。朱に交われば赤くなるという警句もあります。かって国民金融公庫と日本育英会を統合するという話がありましたが、とんでもない事だと大反対が巻き起こりつぶれました。旧日本育英会は組合が強く真っ赤な組織でした。奨学金の返済が滞っていることが問題になっていますが、これは職員がまじめに仕事をしてこなかったからです。徴税組織がしっかりしていることは国にとってとても大事なことです。軍隊、警察、税務、教育がしっかりしている国は安定した国です。早く民主党政権を倒して歳入庁構想を潰さないと日本が危ない。

 年金が無責任に運用され、消えていることが分りました。年金に対する信用が失われ、これから未納がますます増えていくでしょう。一方では生活保護家庭が急増しています。「社会保障と税の一体改革」と民主党は言ってますが、少子高齢化の中で老後の安心を何に求めるのか、真剣に考えていかなければならない時が来ています。

 話は変りますが、南京事件についての名古屋の河村市長の発言が問題になっています。私も週刊新潮から取材を受けました。テレビのコメンテーターが虐殺の証拠は山ほどあると言っているのを聞きました。逆です。虐殺は無かったという証拠が山ほどあるのです。勉強不足なのか、知っていて言っているのか、どれ程日本の名誉を傷つけ、国益を損ねていることか考えたことはないのでしょうか。

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第2回宮崎未来塾のご報告

1、戸敷市長の講演
 
 第2回宮崎未来塾の講師として戸敷市長は「40万人スクラム都市を目指して」と題して講演された。概要以下の通り。
 
 宮崎は1市4町の合併で県の人口の3分の1を占める40万都市となった。県都として政治、経済、文化、学術の中心地として発展していかなければならない。地方分権といって、地方に権限と財源を移譲してもらう活動をしているが、まだ自立するような自治体にはなっていないので、もっと宮崎県のリーダー役として力を付けなければならない。
 
 平成10年に佐土原町長に当選以来、住民目線で行政を行ってきたと自負している。佐土原町長として約7年半、宮崎との合併協議の中で、津村市長が市民目線でないという事を痛切に感じ、急遽市長選挙に出馬した。選挙まで1ヶ月半しかなかったが、9千票差に追い上げることができた。落選後、宮崎維新を掲げ、戸別訪問等で地道な選挙運動を行い、22年に当選することができた。
 
 当選後、最初に行ったのが市民を二分していたコミュニティー税の廃止であった。そして行政改革に取り組んだ。宮崎市の一般会計は1,500億円、その2、5倍の3,600億円の借金がある。このままでは四年後には医療福祉、介護サービスができなくなるので、大胆な行財政改革を行っている。宮崎市は自主財源が493億円、全体の4分の1しかない。残りは国と県からの補助金、更に165億円の借金をして賄っている。これまでは借金と返済額が同じぐらいだったが、これでは借金は減らないので、今年度は165億円借金し、220億返すことにした。

 当選直後の2年前の4月20日に口蹄疫が発生し、佐土原町の畜産農家115戸の内、101戸の農家で2,600頭殺処分しなければならなかった。涙、涙の説得であったが納得してもらった。佐土原町長として住民と目線を一緒にしてきたことで農家の方々に苦しい中で了解していただいたと感謝している。

 昨年の東日本大震災の時は、宮崎でも2万6千人の方に避難勧告を出したが、あまり緊張感が感じられなかった。これでは住民の安全は守れないと考え、絆社会を築くために地域力の向上をお願いしている。向こう三軒両隣から地域で皆を守っていこうと考えている。お互いを尊重しながら、お蔭様という気持ちで地域社会作りをしていきたい。いざという時に自分の命は自分で守る。そして、余力があれば隣の障害者や高齢者を連れて逃げるという事を考えて欲しい。

 今年の1月から子供の医療費の無料化を始めた。3億7千万円かかるが、財源は66の事業仕分けをして捻出した。

 福島原発事故で観光客も激減し、口蹄疫もあって宮崎の農産物も安心できないと言われる。今後、農業、商業、工業そして観光に結び付けるような六次産業化を進めていきたい。それによって農産物の付加価値も高まり雇用も創出できる。さらに滞在型観光も進めている。宮崎は野球やサッカーのキャンプがあって、他の所は閑古鳥が鳴いている2月が一番潤いがある。スポーツ特区という事を考えて、街づくりをしたいと考えている。

 もう一つが企業誘致で、近々LEDの製造工場を宮崎に誘致する。昨年の県民の一人あたりの所得は206万円、一年で5万円下がった。毎年4千人近い人が県外に流出する。どうしても企業を誘致して経済的に潤い、子供達が生きがいを持って成長する、その子供達が大きくなって税金を納め、年金も納めるという状況を作りたい。

 宮崎は天孫降臨の町、今年は古事記編纂1,300年の年でもある。先祖がつないできてくれた伝統文化をしっかりと未来につないでいく施策を一生懸命やっていこうと考えている。今後とも、色々ご指導をいただいて宮崎市が県都として発展するようにお力添えと連携をお願いしたい。

2、中山恭子参議院議員挨拶

 市長さんのお話を聞いて、宮崎市にとって戸敷さんが市長さんで本当に良かったと思います。自分の事はどこかに忘れてしまって、宮崎市のことを一生懸命考えて仕事をしてくださっている。有難いと思います。宮崎市は天の恵みがたくさんあります。戸敷市長の元で日本の中で最も素晴らしい町になるでしょう。

 私が今携わっている国政の場合は、日本の国をどうするか、国際社会の中で安心できる、そして尊敬され信頼される国として存在し続けるためにどうしたらいいかという事が中心になります。直接地域の方々にという事はあまりありませんが、宮崎市が住みやすい豊かな地域であるためには、まず、日本という国がしっかりした国でなければならないと思います。

 中山成彬は政治生命をかけて日本の教育問題を取り上げました。子供達が間違った教育を受けて、日本という自分の国に自信を持てない人々が育ってしまったことに大きな問題があると思います。もう一つ、私が中山成彬と考えを同じくしているのが、長い間続くデフレからいかに脱却するかという事です。財源の手段は色々あります。国が公共事業を積極的に行う、それにつれて民間の動きが出てくるのだという事を国会の場で主張しています。
日本の社会的インフラは先進国に比べてまだ貧弱です。しかも戦後急いで作ったために、上水道、下水道、道路など更新時期を迎えています。私は共同溝を提案しています。道路の下に空間を作ってそこに電線や電話線、ガス、水道管などを全て一つの共同溝に入れるのです。すると、工事のたびにいちいち地面を掘り起こさなくてもよくなります。これは、負担が大きいので地域と相談しながら国が中心になって進めるべきだと思います。子供達や孫達が百年以上使える物を作っていきましょうと提案しています。

 さらに私は、日本を世界の文化のプラットホーム、駅のプラットホームみたいに人々が行き交うような国にすることを提案しています。宮崎のような歴史と伝統、文化のある町をもっと世界にPRできたらと思います。

 東日本の復興も非常に遅れています。もう一度しっかりとした政権が作られ、日本全体が明るい未来に向かって動き出さなければなりません。中山成彬は日本にとって必要な政治家だと思っています。宮崎のためにも戸敷市長と共にしっかり働いていただきたいと思います。宜しくお願い申し上げます。

3、中山成彬塾長挨拶

 戸敷市長が誕生して2年、折り返し地点を過ぎたところですが、ご苦労の多い事だろうと思っています。市議会の方も戸敷与党が少ないし、いろんなことをやりたくてもお金がない。その中で行財政改革に取り組んでおられます。地元を回って、市立保育所の民営化を進められていると聞きました。公営の1人分の給料で民間では2人の職員が雇えるそうです。そういう意味で行革というのはとても大事なことです。  

 今、大阪で橋下市長が維新の会を作って改革を進めていますが、維新の会は戸敷市長の方が先でした。私が日教組発言で同僚大臣からも「中山大臣は間違っている」と言われて情けなく思っている時に、ただ1人エールを送ってくれたのが当時の橋下知事でした。大阪は本当に大変です。教育も乱れています。ひき逃げやかっぱらいも一番多い。大阪市の税収は6千億円ですが、生活保護費がその半分の3千億円だそうです。40年間年金を積み立てても月5、6万円です。しかし、生活保護費をもらうと12、3万円、医療費はただ、タクシー券まで出ます。やはり、一番悪い所から改革というのは始まるものだなと思います。

 宮崎市もお金が足りなくて大変だと思いますが頑張ってもらいたい。私も戸敷さんに市長選挙に出てくれとお願いした手前もあります。苦労されているのを見ると、早くバッジを付けて、国から予算をどんどん持ってきて戸敷市長を助け、宮崎市を少しでも良くしていきたいと考えます。

 先程、戸敷市長が企業誘致の話をされましたが、今円高、デフレの中で、日本の企業は青息吐息、どんどん海外に出て行こうとしています。早くこの円高を止め、デフレをインフレ基調にする政策が今求められています。私は企業の誘致に加えて人の誘致も考えたらどうかと思っています。今の人は定年になってもまだ

 まだ元気で経済力もあります。しかも都会で使うよりも宮崎のほうがお金の使いでがあります。この恵まれた宮崎をPRすれば、たくさんの方に移り住んでもらえるでしょう。

 特に私が考えているのが青島地区の開発です。この前青島に4コースのパークゴルフ場が出来ましたが、もっとたくさん作って、宮崎を日本一のパークゴルフ天国にしたいものです。自然と天候に恵まれた宮崎はパークゴルフだけでなく、ゴルフ、テニス、サーフィン、釣り、野菜作り、工芸といろいろ人生をエンジョイできます。PRすれば、雪に閉じ込められる北国からたくさんの人々が遊びにきてくれます。市長が言われたように、皆で力を合わせてこのかけがえのない、ふるさと宮崎を発展させていきましょう。

 もう一つ市長にお願いがあります。この4月から宮崎市で使う中学の歴史、公民の教科書が東京書籍という、日本は悪い国だということを強調する一番自虐的な教科書です。ぜひ子供や孫達の教科書を見てみてください。自分達の子供の頃とは全く違った内容になっていて驚かれると思います。これでは自分の国に誇りと自信を持つ子供達が育つ筈がありません。今、まともな教科書も出版されています。4年後の教科書採択の時には何とかこの最悪の教科書だけはやめて欲しいと思います。

 本日は大変寒い中、たくさんの皆様にご出席をいただきまして本当に有難うございました。心から御礼申し上げます。

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