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2012年2月

2012年2月10日 (金)

一日も早い民主党政権の退場を

 早いもので、2月も中旬です。日々日足が延びています。日本では1月末から2月初めが一番寒い時期だと思いますが、その時に日が少しずつでも長くなるのは救われますね。吹きつける寒風の中にも生暖かい風がふっと頬を撫でるのを感じます。

 野田内閣のていたらくは予想通りでコメントする気にもなりません。勉強不足、経験不足、なにより国民を大切に思う心がないことがどれ程日本国民を苦しめ、国益を損ねていることか。私は早く月日が過ぎて、民主党政権が退場する日を祈る毎日です。

 そして個人的には、次回の総選挙には必ず当選する強い決意を持って毎日を過しています。今、初心に帰って有権者に直接お目にかかり、話を聞き、自分の考えを理解してもらう為に一軒一軒戸別訪問をしています。有難いことに、顔はよく売れて(?)いますので、ドアが開いて出て来られたご主人や奥様方の顔に、驚きと同時にパッとうれしい表情が浮かび、「こんな所まで」と恐縮され、かえってこちらが恐縮する思いです。国交大臣を辞め、次の選挙には出ないと表明したことが、どれ程支持者の皆様の期待を裏切り落胆させてしまったことか、改めて深く反省しています。

 会う方々が、民主党が期待を裏切ってどうしようもない政権である、このままでは日本が危ない、と口々に話されます。「中山さん頑張ってください」という激励の声を背に、これからも行脚を続けて参ります。

 「宮崎未来塾」は2月2日に第2回目を開講しました。戸敷市長に「40万人スクラム都市を目指して」と題して、話をしてもらいました。家内の中山恭子も帰ってきて、中央政界の話と景気対策の話をしてくれました。

 去る1月9日には、私が常任理事を務める日本武道館で稽古始めの行事があり、私が大将軍の大役を務めさせていただきました。鎌倉時代から伝わる儀式にのっとり、羽織袴に鎧兜をつけ新年の決意を表明し、鏡割りを行いました。全国から集まった、柔道からなぎなたまで、九つの武道それぞれが試技を行って、今年初めての稽古を元気いっぱい行いました。広い武道館がほんとに狭いなと思える程、熱気溢れるものとなりました。それにしても鎧兜は重かった、とても刀をふり回すことなどできません。

 今年の4月からは中学武道が必須になります。各地の教育委員会や学校で準備が進められています。日本武道館としても、ケガなど事故が起こらないよう、体育の先生に対する研修など指導者の育成強化に努めてきました。日本の子供達に日本古来の武道を何か一つでも身につけてほしい、又、礼に始まり、礼に終わる武道精神を身に付けることにより、日教組が反対して教科にできない道徳教育の真髄を子供達が理解してくれればいいなと思っています。

 石原都知事や大阪橋下市長の言動がマスコミを賑わしています。私が日教組発言で四面楚歌の時、ただ一人エールを送ってくれたのが当時の橋下知事でした。大阪の教育の実態を良く知るが故のことだったと思います。先日「たかじんのそこまで言って委員会」でも発言しましたが、首長が代わる度に教育が変ってはいけないという主張がありますが、私は自虐教育、ゆとり教育がずっと変らなかったことが問題だと思います。今さまざまな問題でのたうち回っている日本ですが、すべては戦後教育のみごとな成果(?)だと考えます。

 先日の最高裁判決で、入学式などで教師が起立しないことに対する処分が戒告ならいいが、減給はいけないという指針(?)が示されました。甘い判決だと思います。厳粛なる入学式や卒業式で、いつもは規則や法律は守らなければならないと教えている先生が、起立しないでいることがどれ程子供達に悪い影響を与えていることでしょう。内心の自由以前の問題です。そういう教員がそもそも教職に留まっていること自体がおかしいと私は思います。

 従軍慰安婦に補償しないと第2、第3の記念碑が立つぞと脅す韓国大統領も不人気で追い詰められているのでしょう。次期の大統領選挙では親北的な大統領が誕生するのでしょうか。シリアの情勢もひどいですね。拒否権を発動する中・ロ。国連至上主義など絵空事だとはっきり言いたい。

 ユーロも所詮は無理な実験だったのでしょうか。円が一時的な避難先として雨宿りに使われ、その間、企業収益を圧迫し、企業の海外移転に拍車をかけています。外国の目を意識しながら為替介入をして、差損を増やすのではなく、日本の通貨量を増やすことにより、デフレと超円高を同時に解消することを考えなければなりません。
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