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2011年12月

2011年12月21日 (水)

金正日は死んだが日本の暗雲は消えない

 最悪の独裁者といわれた金正日が死んだ。後継者に三男の金正恩が着いたと報道されている。日本にとっては、総書記に就任する前から拉致を命令した許されない人物であった。3年前に脳疾患で倒れて以来、5年以内の命といわれていたので驚くほどのことではないが、世界の独裁者が次々に倒されていく中でまた一つの巨悪が消えた感がある。

 これからどうなるか、日本のマスコミはこれまでのどの指導者が死去した時よりも大々的に報道しているが、似たり寄ったりの解説である。その中でテレビ局のキャスターの中に喪服まがいの服装をしている姿があったのは奇異に映った。

 金正恩は早速、稀にみる指導者であるとか、外国経験も深く父親と違って柔軟性もあると期待する解説もある。金正日の妹夫婦が必死に支えるのだろうが、まだ30歳にもならず、長老達や軍に囲まれ、中国の圧力も強まる中で、どれほどのことが期待できるだろうか。むしろ最悪のことも想定しておかなければならない。  

 それにしても、拉致担当の山岡国家公安委員長・拉致担当大臣が安保会議に間に合わなかったという。そもそも問責決議を受けて不適任の烙印を押されている閣僚である。野田総理を含め民主党政権のしまらない姿には言葉もない。

 李明博韓国大統領が訪日した。自民党時代から、日韓の首脳が相互に訪問するピストン外交を進め、両国間の関係を深めようというものであったが、今回の訪日はひどかった。首脳会談の殆どを「いわゆる従軍慰安婦」に対する補償を一方的に主張し続けたらしい。支持率低下で背に腹は代えられない心境だろうが、韓国内の反日感情を利用するしかないのだろうか。このブログの読者は、「従軍慰安婦」が朝日新聞がでっち上げたものであることは周知のことであるが、この14日には韓国の日本大使館前に「従軍慰安婦」の記念像まで建立されたという。外交上許されざる非礼であり、断固撤去を要求すべきである。

 この「従軍慰安婦」問題は歴代の自民党政権にも問題がある。平成5年、宮沢内閣の河野官房長官談話によって、「いわゆる従軍慰安婦」としてその存在を認めたようなことになった。「自分は日本軍に強制連行された」と主張する慰安婦の聞き取り調査でも確証は得られなかったと、河野官房長官も石原官房副長官も後で認めている。それなのに目前の政治課題を処理する為、その場しのぎの対応をしてきたことが今日まで後を引いている。

 安倍内閣が誕生してすぐ、当時「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」の会長をしていた私は、同志とともに官邸に乗り込んだ。そして安倍総理大臣に「従軍慰安婦」問題を政府の責任で調査するという言質を取って、待ち構えていた記者団に発表した。しかし、1時間半後に官房副長官から自民党の方で調査してくれという連絡が入り、驚きあきれかつ落胆したことを思い出す。おそらく外務省筋あたりから強い圧力があったのだろうと想像したものだ。

 今度の金正日の死去に際して泣き叫ぶ北朝鮮の人々の姿も我々には奇異に映る。「従軍慰安婦」問題も自分達は売春をしていたと人前で公表することを恥ずかしく思わないのだろう。大統領が第2、第3の記念碑が建つと恫喝するに至っては何をかいわんやである。恥の概念が薄いのは民主党政権と同じだ。

 野田政権になって5兆4千億円の通貨スワップを供与したり、いろいろ便宣を図っているようだが、慰安婦の銅像など建てるなと強く言えないのか。野田政権の弱腰にはほとほと呆れ返ってしまう。

 野田首相はこの25日から訪中するという。当初は12月13日に訪中する予定だった。野田総理は13日が南京攻略戦の日だったという事を知らないままに、あやうく外務省や中国の思惑に乗せられるところだった。抗日記念館を訪問する最初の現職総理大臣にならなくてよかったねと申し上げたい。

 それにしても、本多勝一に「中国の旅」を書かせて南京事件をデッチ上げたり、吉田清治の「私は済州島で従軍慰安婦狩りをした」というデッチ上げ本を大々的にキャンペーンして世界中で日本の名誉を落としめた朝日新聞の罪は重い。朝日新聞関係者もこうなってよかった思う人ばかりではないはずだ。誰が日本人に屈辱を与えて一番喜ぶのか。日本のマスコミであれば、国民の為にはこれからどうしたらよいか考え直すべき時に来ているのではないか。

 歴史認識をまともなものにするところから日本の再建は始まると思う。

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2011年12月 8日 (木)

12月8日開戦記念日に想う

 今日、12月8日は大東亜戦争が始まった日です。あれから70年の歳月が流れ、当時を記憶している人も少なくなりました。マスコミは相変らず「指導者が国策を誤った」と報道していますが、当時の新聞やニュース映像を見ると、朝野を上げて万歳、万歳の声が日本中にこだましたようです。

 長い間アメリカを始めとする欧米諸国に痛めつけられてきた日本でした。堪忍袋の尾が切れてうっぷんが晴れたような気分だったのでしょう。今では考えられませんが、当時は人種差別が激しく、東洋人は蔑視されていました。日本からアメリカへの移民が厳しく制限され、既に移民していた日本人はひどい迫害を受けていました。

 ABCD包囲網で、石油禁輸など日本は段々追いつめられ、ハル・ノートを提示されるに至って、日本の生存と名誉をかけて決断せざるを得なかった当時の為政者達の苦悩が偲ばれます。それにしても、アメリカ世論を参戦に導くために、真珠湾の太平洋艦隊や数千人の米兵が犠牲になることを見越して日本軍の先制攻撃を許したルーズベルト大統領の非情さを思います。

 冷戦が終わり、ヴェノナ文書等が公開されるようになり、ソ連共産党のスパイがアメリカのルーズベルト政権で暗躍していたこと、日本の近衛内閣にも侵入していたことなどが明らかになりました。中国においても、蒋介石軍と日本軍を戦わせる為に、ソ連が蔭で画策していたことも明らかになっています。日本政府の不拡大方針に反して、関東軍がどんどん戦火を拡大して行ったとされていますが、祖界地の日本人が中国人に虐殺される事態がひん発し、それを救援するために泥沼にひきずりこまれて行きました。

 戦後、GHQは日本人に罪悪感を植え付けるため、「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」の下にNHKに「真相箱」の番組をやらせたり、アメリカに対する批判を封ずるためにマスコミ等を厳しく検閲しました。それによって、日本人は自分達が悪かったという自虐感を植え付けられました。

 東京裁判を主宰したマッカーサーは1951年、解任された後、米上院の委員会で、「日本の戦争は専ら自衛のためだった」と証言しています。朝鮮戦争を戦って、大陸から朝鮮半島に陸続と押し出してくる中共軍の脅威を経験し、日本人の危機感を共有したのでしょう。

 民主党政権は昨年から米軍捕虜等を日本に招待し、戦争中の「非人道的な扱い」を謝罪しています。彼らには、旧ソ連に抑留され苛酷な労働を強いられた60万人の日本人のことや国際法で禁止されていた一般市民に対するアメリカ軍の容赦ない都市部への絨毯爆撃、広島、長崎への原爆投下などには思いも及ばないのでしょう。

 国際政治は国益のせめぎあいです。世界は日本国憲法前文が唱っているような善人だけではありません。厳しい現実をしっかり直視しなければなりません。

 こちらで戦争する気はなくても、弱いと見ると戦争を仕掛けてくる国があるのです。要は国を守るという国防意識とあなどられない防衛態勢です。又、武力によらない形で相手を屈服させようという戦いも続いています。TPPがそうです。日独伊の三国同盟を結ぶ時、「バスに乗り遅れるな」という議論がありました。TPP推進派もそういうことを言っています。日本人は一向に成長していないなと天を仰ぎたくなります。

 いかにしてわが国の国益を守り、国の安全を図っていくか、外交と防衛だけは素人に任せないのが国際常識です。民主党政権を見ているとハラハラする毎日です。近隣の政治情勢を見ると、厳しい事態に直面する日がやってきます。その時我々はどう判断し、行動するか。その日の為に「日本だけが悪かった」という自虐史観から早く脱却しておかないと、「奴隷の平和」を選択してしまうのではないかという心配が募るこの頃です。

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