12月8日開戦記念日に想う
今日、12月8日は大東亜戦争が始まった日です。あれから70年の歳月が流れ、当時を記憶している人も少なくなりました。マスコミは相変らず「指導者が国策を誤った」と報道していますが、当時の新聞やニュース映像を見ると、朝野を上げて万歳、万歳の声が日本中にこだましたようです。
長い間アメリカを始めとする欧米諸国に痛めつけられてきた日本でした。堪忍袋の尾が切れてうっぷんが晴れたような気分だったのでしょう。今では考えられませんが、当時は人種差別が激しく、東洋人は蔑視されていました。日本からアメリカへの移民が厳しく制限され、既に移民していた日本人はひどい迫害を受けていました。
ABCD包囲網で、石油禁輸など日本は段々追いつめられ、ハル・ノートを提示されるに至って、日本の生存と名誉をかけて決断せざるを得なかった当時の為政者達の苦悩が偲ばれます。それにしても、アメリカ世論を参戦に導くために、真珠湾の太平洋艦隊や数千人の米兵が犠牲になることを見越して日本軍の先制攻撃を許したルーズベルト大統領の非情さを思います。
冷戦が終わり、ヴェノナ文書等が公開されるようになり、ソ連共産党のスパイがアメリカのルーズベルト政権で暗躍していたこと、日本の近衛内閣にも侵入していたことなどが明らかになりました。中国においても、蒋介石軍と日本軍を戦わせる為に、ソ連が蔭で画策していたことも明らかになっています。日本政府の不拡大方針に反して、関東軍がどんどん戦火を拡大して行ったとされていますが、祖界地の日本人が中国人に虐殺される事態がひん発し、それを救援するために泥沼にひきずりこまれて行きました。
戦後、GHQは日本人に罪悪感を植え付けるため、「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」の下にNHKに「真相箱」の番組をやらせたり、アメリカに対する批判を封ずるためにマスコミ等を厳しく検閲しました。それによって、日本人は自分達が悪かったという自虐感を植え付けられました。
東京裁判を主宰したマッカーサーは1951年、解任された後、米上院の委員会で、「日本の戦争は専ら自衛のためだった」と証言しています。朝鮮戦争を戦って、大陸から朝鮮半島に陸続と押し出してくる中共軍の脅威を経験し、日本人の危機感を共有したのでしょう。
民主党政権は昨年から米軍捕虜等を日本に招待し、戦争中の「非人道的な扱い」を謝罪しています。彼らには、旧ソ連に抑留され苛酷な労働を強いられた60万人の日本人のことや国際法で禁止されていた一般市民に対するアメリカ軍の容赦ない都市部への絨毯爆撃、広島、長崎への原爆投下などには思いも及ばないのでしょう。
国際政治は国益のせめぎあいです。世界は日本国憲法前文が唱っているような善人だけではありません。厳しい現実をしっかり直視しなければなりません。
こちらで戦争する気はなくても、弱いと見ると戦争を仕掛けてくる国があるのです。要は国を守るという国防意識とあなどられない防衛態勢です。又、武力によらない形で相手を屈服させようという戦いも続いています。TPPがそうです。日独伊の三国同盟を結ぶ時、「バスに乗り遅れるな」という議論がありました。TPP推進派もそういうことを言っています。日本人は一向に成長していないなと天を仰ぎたくなります。
いかにしてわが国の国益を守り、国の安全を図っていくか、外交と防衛だけは素人に任せないのが国際常識です。民主党政権を見ているとハラハラする毎日です。近隣の政治情勢を見ると、厳しい事態に直面する日がやってきます。その時我々はどう判断し、行動するか。その日の為に「日本だけが悪かった」という自虐史観から早く脱却しておかないと、「奴隷の平和」を選択してしまうのではないかという心配が募るこの頃です。
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