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2011年1月

2011年1月17日 (月)

前途多難な菅再改造内閣と日本

 こんにちは、中山成彬です。

 通常国会を前にして菅首相が内閣改造を行いました。マスコミでも色々論評されていますが、与謝野氏の入閣には正直驚き呆れました。民主党政権打倒を旗印にして「たちあがれ日本」を立ち上げた張本人が、民主党内閣に入るというのは国民に対する裏切りです。

 リベラル色の強い与謝野氏の参加に危惧の念をいだいて、「たちあがれ日本」に最初からの参加を躊躇した私の勘が当ったことになります。選挙区事情や病気といった個人的な事情もあるのでしょうが、私には理解できない行動です。予算委員会等で野党から厳しく追求されることになるでしょう。体力的にも心配です。

 菅首相は問責決議を受けた仙谷、馬淵両氏を更迭して野党の審議拒否を回避し、支持率アップを狙って小沢氏を追いつめています。自分が総理になれた、政界再編の立役者であった小沢氏に対する執拗な追求には人間性を疑わせるものがあります。

 消費税論議に加わらないのは歴史に対する反逆だという言い振りに野党は反発していますが、菅首相には唯我独尊の傲慢さを感じます。権力の座にある者はもっと謙虚であるべきだし、天に対する畏れを失ってはなりません。党内外に敵を作ってしまった菅政権の前途は極めて厳しいものになるでしょう。

 よっぽどのことが起こらない限り、平成23年度予算案の採決を巡って窮地に追い込まれるでしょう。総辞職か解散総選挙という選択の前に立たされたとき、権力の魔力に取りつかれた菅首相は石にかじりついても総辞職は考えず、解散総選挙の道を選ぶことでしょう。

 政局の混乱は当分続きます。その間に失われる国益は計り知れないものがあります。

 ところで、去る1月14日は石垣市が定めた「尖閣の日」でした。石垣市を始め、全国的に行事やデモ、街頭演説が行われたようです。宮崎でも日本会議が中心になって街頭演説を行いました。私が進めてきた尖閣諸島を守る署名活動も引き続き行われておりまして、宮崎事務所に寄せられた署名だけでも1万2千を超えています。

 署名活動にご協力を頂いた皆様に心から感謝申し上げます。皆様の気持ちが尖閣を守る、国の具体的な行動になるようにしなければならないと思っています。

 私が、尖閣の署名活動をしているということで、昨年末、尖閣諸島を所有しておられる方にお目に掛かりました。教育問題から経済問題まで、すっかり意気投合しました。今、国に貸している形になっていますが、中国が日本の土地や建物を次々に買収している中で、ちゃんとした方が所有しておられることを知りほっとしました。

 例年にない寒波の中で、昨日、今日と葬儀参列が続きました。昨日は大正10年生まれの享年89歳、今日は大正3年生まれの96歳、いづれも長い間ご支援を頂いた方々です。今日の方は、大東亜戦争でインドネシア、パレンバンへの落下傘降下部隊の生き残りでした。戦争を知る人達が段々と亡くなっていきます。今のうちにできるだけ、生き証人の人達から話を聞いておきたいと思います。

 従軍慰安婦の問題で話を聞きに行った千葉の方も亡くなられたそうです。ソ満国境の黒河に集結した5万人の日本軍を相手の、朝鮮から来た慰安婦の衛生管理をして面倒を見ておられた軍医さんの話は衝撃的でした。兵隊さんが15円の給料の時に、月3,000円も稼ぎ、朝鮮の親元に仕送りしていた慰安婦の女性達はとても感謝していたそうです。従軍慰安婦とか強行連行などとんでもない作り話だと怒っておられました。戦前の日本が悪い国だったという自虐教育だけは何とか早くやめさせなければなりません。

 しかし、大正生まれでもまだ元気で頑張っている人も多いです。先日も産経新聞に投稿されていた塩川正十郎元財務大臣は、私が生まれた、昭和18年秋に神宮球場で行われた学徒出陣の壮行会に参列された一人です。まだまだご健在でうれしいことです。

 去る9日に宮崎県串間市のゴルフ場で和田勇氏のエージシュート400回達成記念コンペが行われました。大正10年生まれの満89歳、少し足を引きずる傷痍軍人でもあります。当日も88で回り、411回目のエージシュート。50歳からゴルフを始められたそうですが、県米穀商の会長も勤められました。いくらゴルフが上手でも健康でなければエージシュートなどできません。ゴルファーが目標とすべき理想の人であります。

 平成16年、私が文部科学大臣の時に「エージシュートを50回したが、ギネスブックものではないか」と和田さんから電話があり、調べてみたら、さすがに世界は広く、確か700回以上の記録がありました。個人的に50回記念の表彰状を送りましたが、その後100回、200回、300回、400回と大体1年半ぐらいで大台をクリアーされています。約500日で100回という事は、5日に1回としても、プレーする度に自分の年齢以下のスコアーで回るということになります。私も一緒にプレーさせていただいたことがありますが、ドライバーの飛距離に驚きました。もちろん寄せもパットも抜群、一年半後にはぜひ500回を達成してもらいたいと思います。

 私事ながら、私の母も大正10年生まれで、今年7月の誕生日で90歳です。早く夫に先立たれ、5人の子供を抱えて苦労ばかりの人生でした。今でも心配をかけていますが、いつまでも元気で長生きして欲しいと願っています。

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2011年1月 4日 (火)

年頭にあたり

 明けましておめでとうございます。年末年始にかけて日本列島は冷え込み、日本海側は大雪に見舞われるなど荒れ模様の中で新しい年を迎えました。皆様にはお元気で新年をお迎えのこととお慶び申し上げます。

 さて平成23年は一体どういう年になるのか、予断を許しません。政界は1月13日に民主党の党大会が開かれ、小沢氏の強制起訴が予想されています。菅首相は内閣改造を考えていると伝えられています。問責決議を受けた仙谷、馬淵両氏をどうするのか、小沢氏をどうするのか。菅首相は支持率アップを狙って離党勧告で小沢氏を徹底的に追い詰めるつもりでしょう。

 かつての中選挙区制と違って、現行の小選挙区制では新党結成はなかなか困難なようです。しかし、これまでの小沢氏の政治遍歴を見ると、黙って引き下がるとは思えません。衆参ねじれ現象の中で、1月下旬にも始まる通常国会は波乱含みの展開になりそうです。

 年末、政倫審出席を巡って民主党の内輪もめが連日報道される中で、平成23年度の予算編成はもめることなく終わりました。それは歳出を削ることなく、要求をほとんど呑み、歳入不足は国債の大量発行と本来手をつけてはいけない埋蔵金まで掘り出して補填したからです。また、税収見込みも、高めに見込んだ経済成長を基にはじいたもので心もとない限りです。

 予算編成の最後に科学技術予算を積み増しました。これは首相の決断だと自賛していますが、何のことはない。「財務省は言えばちゃんとしてくれるよ」という菅首相の言葉がいみじくも語っているように、民主党が唱えてきた脱官僚はどこへやら、財務官僚におんぶに抱っこの予算編成でした。

 私もかつて在職した財務省主計局は、これまでも時の政権の要求に応じて、手品のように財源を捻出してきました。しかし、さすがに財務官僚達からも、このような予算編成はもう無理だと悲鳴が上がっています。民主党が言っていた、一般会計と特別会計を合わせた220兆円の歳出のうち、1割は無駄遣いなので、16~7兆円の財源などすぐに出てくるというのは全くのデタラメだったことがはっきりしました。無理につじつまを合わせた予算案は、法人税引下げにも拘らず、経済界からも評価する声はほとんど聞かれません。法人税を払える企業が少なくなっているのです。

 この予算案は衆参ねじれの中でも、衆議院優先の原則により成立しますが、赤字国債の発行を認める法案などの予算関連法案は参院で否決されたら、衆院の3分の2以上の賛成がないと成立しません。

 衆議院で3分の2の多数を確保するために仕掛けた、社民党やたちあがれ日本との連立構想も挫折しました。3月にかけて予算関連法案の通過を巡って菅政権が立往生し、内閣総辞職か衆院解散を迫まられる局面も予想されます。

 総理の座に座っていることが自己目的化している菅首相は、支持率が1%になっても、石にかじりついても辞職しないでしょう。となると、かつての竹下内閣のように、解散を条件にして予算案を通す事態も考えられます。

 経済情勢は日々、特に地方において悪くなっているように感じます。デフレが続き、人々の消費マインドが極端に冷え込み、企業も設備投資や業容拡大に二の足を踏んでいます。この長引く不況は国際化の中で、賃金や法人税の格差によって、日本企業の海外移転が後を立たず、国内の工場が閉鎖されていったことも大きな原因になっています。

 私は20年前から産業の空洞化を防ぐために、賃金の安い国内の地方に工場を立地する施策を色々と提案してきましたが、なかなかうまくいきませんでした。経済発展の進度の異なる国家間では、後から発展する方がどうしても優位な立場にあり、日本から企業がどんどん吸い取られていきました。

 今中国に行くと、目を見張るような近代都市が出現し、高速道路や新幹線、地下鉄がどんどん建設されています。中国の発展には日本からのODAと日本企業の進出が大きく寄与しています。しかし、今や日本の技術を吸収し、新幹線などを欧米諸国に輸出するまでになった中国は、不要となった日本企業をいろんな手段で追い出しにかかっています。

 翻って、日本国内は中心市街地がシャッター通りとなり、郊外のショッピングセンターだけが賑わっています。ここまできた経済情勢を一挙に転換することは困難ですが、まず円高を早急に是正し、デフレを克服し、日本を元気にすることから始めなければなりません。消費税増税も避けて通れませんが、その前に、あるいは併行して、大胆な景気対策を講じなければなりません。

 私がかねてから主張している、返済不要の無利子国債の発行による歳出増か、政府に一定の支出枠を設けることにより、科学技術予算を増やし、必要なインフラの整備や、企業の地方進出促進などの経済活性化しか方法はありません。

 アメリカや中国は無節操とも思われるほどの超金融緩和政策を採り、通貨の発行が2倍から3倍にもなっています。日本は今のままでは金融をいくら緩和しても民間から資金需要は出てきません。このまま座視していると日本経済は衰退の道を辿り、国民生活はますます苦しくなっていきます。

 日本周辺や中東情勢、さらにユーロを巡るEUの動向など、国際情勢も目を離せない状況にあります。6月には中国が尖閣諸島に上陸するとの情報もあります。日本に残された時間はあまりありません。一昨年の政権交代はまさに最悪の時期に起こりました。日本の国益と名誉が日々毀損されていることを実感します。政権交代の代償はあまりにも大きく、取り返しのつかないものがあります。

 しかし、私達はこのかけがえのない祖国日本をこのまま次の世代にバトンタッチするわけにはいきません。日本の平和と豊かさは親達の代が全部あの世に持って行ったと、後世に言われないように、宮崎のそして全国の憂国の士を糾合して、日本を建て直すため、宮崎の復興を図るために頑張っていかなければと決意を新たにしています。

 本年もよろしくお願いいたします。

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